『ループ』へのコメント
極東最前線:『ループ』
「存在価値」
(生物&非生物は何故存在するのか・・・)
1981年の冬、日本国・北陸地域の「人間カード」を受け取った私は悩んでいた。
「決意するか?」「保留にして次のカードを待つか?」
「よりによってまた日本国かよ」
「最後の(生命カード)だから慎重に選択したいな」
という迷いが私を悩ませた。
先輩からの情報で「降雪地域は寒いよ」「人間は辛いことばかりだよ」
と聞いていたので、なかなか踏ん切りがつかず
選択の期日が近づいてきて悶々と一人で葛藤したあの日を未だに忘れない。
結局、私は決意した。「人間カード」を選択したのだ。
あの時の選択は間違っていたのか・・・
どうだろうか・・・
焦った選択だったのか・・・
逃げたのか・・・
未だ分からない。
しかし、私は人間として産まれる事を選択したのだ。
集合場※には沢山の球体が存在しており
私もその中の一球体だった。
私は2回、生命を持つ生物になることができ、
25回、生命を持たない物質(非生物)になることができる。
合計で27回存在することができる。
・・・厳密にいうと「なる事ができるらしい」だ
その先(27回以後)は誰にも分からないからだ
だから故に恐ろしい
「分からない」ということは全ての存在において恐ろしいものだ
人間が「死」という分からないものに恐怖を感じる心理とよく似ている
私には1回の生物経験と14回の物質(非生物)経験があり
集合場※の中では中堅として位置付けされている
先輩もいるし後輩もいる
だから故に迷っていた。悩んでいた。
あまり下手な選択をすると先輩からも後輩からも
「選択下手」
とのレッテルを貼られてしまうので
集合場※に戻った時の皆の評価は低い
後ろ指を指されたり、アイツは無能だと卑下される
しかし、迷ってばかりで決意しないでいると同じく卑下される
私自身「そろそろ中堅なんだから」という意識もあるので
慎重にならざるをえない
冒険はできない
集合場※
意:果てのない平面に魂のようなものが多数存在している場所
(黒子苑より)
しかし、私は人間として産まれる事を選択した訳だが
理由は「記念になりそうだから」
という幼稚で愚直だ
やはり先輩からの風当たりはキツかった・・・
「黒子!お前はバカか!? バカか!?」
「以前の失敗を忘れたのか!?」
「よりによってまた哺乳類かよ!」
と、罵られ
「勝手にしやがれ」と捨て台詞をもらった。
その時の私は辛かった。
しかし、今思えば先輩の助言は正しかったのかもしれない。
以前、1回目の生命カードで「犬カード」を選択した私は後悔していた。
結局「ミニチュアダックスフンド」として存在したのだが
「売られ」「買われ」「鎖をつながれ」「遊ばれ」「遊ばされ」
「世話をされ」「飯を喰わされ」「涙を見る」
というおぞましい記憶だけが残っている。
もう涙は見たくないのだが・・・
私はまずペットショップに存在していた。
ペットショップの店主は割といい人間だった。
人間年齢でいうと40歳手前の男性
濃い目のやや白みがかった髭が特徴的だ。
店主は私を商売道具として割り切り丁寧に扱ってくれた。
私のストレスが溜まっていれば、ほどよく自由をくれた。
私の健康を気遣って様々な栄養素を摂取させた。
私が落ち込んでいる時、じっくりと話を聞いてくれた。
だから私はその店主から離れたくは無かったが
結局「売られた」
「売られた」というよりも
「買われてしまった」という方が正しいだろうか
私は鉄柵の中で「買われまい」として瞼を半分閉じながら
元気のなさそうなフリをしたり
お客の前では痙攣しながら病気を装ってみたり
ぐったりと疲れているフリをしていたのに・・・
結局「買われてしまった」
ある子供が私に向かって
「このワンちゃん弱っているみたいだよ。かわいそうだからこれにしようよ」
と言った言葉が私の運の尽きだった。
数百ドルのお金との交換で子供の誕生日プレゼントとなり果てた私は
ペットショップの鉄柵と比べ、やや小さめの籠に入れられ搬送された。
そして数年でひっそりと死んだ。
また涙が浮かび、そして乾いた。
そんな悲しい経験があるにも関わらず
なぜ私は「人間カード」を選択するという決意をしたのか
私にもよくわからない
しかし、なんとなくバランスがいい
2回の生物経験と14回の非生物経験
「2・14」
なんとなく幸せが訪れるような気がしたので
結局、決意した。
そしてまもなく失意した。
なにも幸せは訪れない。
ほろ苦いチョコレートでも食べられれば
少しは幸せだったのかもしれない・・・
そして人間として産まれた私の名前はもちろん「黒子」
この名前は生物であろうが物質(非生物)であろうがいつでも同じイントネーションで
同じ呼び方だ。
ミルコ・クロコップ選手とは全く関係が無い。
私の今回の特徴としては
・産まれながらにAD/HD 注意欠陥多動性障害(アスペルガー症候群も併発している)
・グダグダと結論の無い話を永遠とする(相手がトラウマになるぐらい)
・激しく踊る(すばやくキレのある踊りをするが気持ち悪い)
・突然叫ぶ(人間心理・音楽・筋肉の流動等について時と場所を選ばず叫ぶ)
すなわち四拍子揃ったオールラウンドプレイヤー
マリナーズのイチロー選手もアイデンティティを求めるが故に
私に対しての奇襲攻撃を考えているようだ
でも大丈夫、私は表舞台に立たないから
誰も私の顔を見ても分からないし むふふ・・・・。
人間としての幼少時代(4歳~8歳)は差別との闘いだったと記憶している。
日本社会全体が私を受け入れる体制ではなかったようだ
「黒子と関わるなかれ」という政府からの指令が出ていたのか?
それとも私が未熟だったが故に私自身で差別を受けたと勘違いしているのか?
本来、人間として産まれたからにはこれぐらいの逆境に耐えねばならないのか?
未だ定かではない。
ただ、幼少時代の私には差別の連続だったように思えた。
だから私は少年時代(9歳~14歳)陰湿なイタズラをしていた。
ジューシーなミカンを綺麗に剥いて、気に入らないあの子のカバンに一片だけそっと潜ませるのさ
潰されたミカンは、やがてカペカペになるね!
あぁ確実に!
私の鼻毛を1本抜いて、好きなあの子の箸箱にそっと潜ませるのさ
いづれ私の鼻毛と間接キッスするね!
あぁ確実に!
給食の時、カレーの寸胴を運んでいる最近調子に乗っているあの子の
くつひもを気付かれないようにそっとほどいたら
みんなにバレないようにそのくつひもを思いっきり踏んでみる
足が前に出せないあの子はバタバタしながら寸胴ごと前につんのめって
床にカレーをぶちまけるのさ
もちろん私はそそくさと逃げる
あの子はクラス全員から社会的制裁を受けるね!
あぁ確実に!
しかしながら、嘘のつけない私は思い切って歌にしてみた
そして先輩の「卒業式」というステージで一人舞台に立ち、披露した。
曲名 「事件」
ミカン事件は私が犯人です♪
鼻毛事件も私が犯人です♪
カレー事件も私が犯人です♪
私は愉快犯ですよ♪
でも時効が過ぎてるから♪
笑ってゴマカシてもいいですか?♪
でも結局、怒られた。
笑ってゴマカシてもいいですか?って言っているのに、許してくれなかった。
私は、若干14歳にして社会の厳しさを知ったのである
そんな私も数日で25歳になる
14歳の時と比べてよっぽど存在価値のある事ができていると感じている。
あの時、17歳の時、死ななくてよかったと思う。
これから生きていく社会の方が今までより厳しいと思う。
しかし、死んでしまったら先輩達、後輩達は悲しむと思う。
次に何の物質になるか分からんが
死んだら誰からの評価も受けないと思え
面白くもクソもないぞ
バレンタインのチョコレートなんぞは親戚の叔母さんからしかもらえなくて当然だと思え
いっそのこと次に物質(非生物)でバレンタインのチョコレートになってやる!
と自暴自棄になることなかれ
喰われてクソになっちゃうぞ
クソとチョコレートは色が似てるけど危険度が全然ちがうぞ
誰も自分の誕生日を祝ってくれなくて当然だと心せよ
自分は無能だと思うなかれ
鳥になりたいと思うなかれ
鳥には鳥の苦労があんねん
あなたのカードはそれで最後かもしれませんから
黒子
1981/2/25 生まれ
投稿者: Anonymous 、ブログ名: 極東最前線、日付: 2/17/2006 01:30:44 午後